矢立の杉とは?2026年最新の樹齢・大きさ・由来と笹子峠への行き方を徹底解説
山梨県大月市笹子町黒野田、旧甲州街道の難所として知られる笹子峠に、長い歴史を刻んできた杉の巨木があります。その名は「矢立の杉(やたてのすぎ)」。樹齢1000年ともいわれ、戦国時代の武士が合戦の勝利を願って矢を射立てたという伝承で知られる、山梨県指定天然記念物です。
矢立の杉の魅力は、巨木としての迫力だけではありません。江戸時代の歴史書『甲斐国志』に記録され、二代目歌川広重の浮世絵にも描かれたこの杉は、甲州街道を行き交った人々の記憶を今に伝えています。さらに、歌手・俳優の杉良太郎さんが手掛けた楽曲「矢立の杉」や、身代わり両面地蔵菩薩も、この場所を訪れる楽しみの一つです。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 樹齢と大きさ:樹齢1000年ともいわれ、根廻り14.8m、目通り幹囲9.0mを誇る県内有数の杉の巨木。
- 名前の由来と歴史:戦国武士の戦勝祈願にまつわる伝承があり、『甲斐国志』や二代目歌川広重の浮世絵にも登場する。
- 2026年の訪問情報:ウッドデッキ、歌碑、身代わり両面地蔵菩薩などを見学できる。車や徒歩でのアクセスは、道路状況や交通機関の最新情報を確認して計画したい。
【矢立の杉の正体】樹齢1000年の巨木、その大きさと県指定天然記念物の価値
矢立の杉は、山梨県大月市笹子町黒野田に位置するスギの巨木です。山梨県の公式文化財データベースでは「笹子峠の矢立のスギ」として登録され、1960年(昭和35年)11月7日に県指定天然記念物となりました。
樹齢は1000年ともいわれますが、これは一般に伝えられている推定であり、正確な樹齢が確定しているという意味ではありません。それでも、戦国時代の伝承や江戸時代の文献に登場することから、長い年月にわたって人々に知られてきた木であることが分かります。
樹高・根廻り・幹囲はどれくらい?
矢立の杉の大きさについて、山梨県の文化財データベースと山梨県公式観光情報では、樹高の記載に違いがあります。文化財データベースは26.2m、観光情報は約28mとしています。一方、根廻りや目通り幹囲は共通しており、根元の太さが際立つ巨木です。
| 項目 | 公的資料に記載された情報 | 見どころ・補足 |
|---|---|---|
| 所在地 | 山梨県大月市笹子町黒野田字笹子1924-1 | 笹子峠の旧甲州街道沿いに位置する |
| 樹齢 | 1000年ともいわれる | 伝承に基づく推定で、厳密な確定値ではない |
| 樹高 | 26.2m/約28m | 山梨県の文化財資料と観光情報で数値が異なる |
| 根廻り | 14.8m | 根元の圧倒的な太さが特徴 |
| 目通り幹囲 | 9.0m | 人の目の高さ付近で測る幹の周囲 |
| 幹の内部 | 空洞の直径は目通りで約2.3m | 幹の内部が上部まで空洞になっている |
| 県指定日 | 1960年11月7日 | 山梨県指定天然記念物 |
出典は山梨県「山梨の文化財ガイド」と、山梨県公式観光情報「富士の国やまなし観光ネット」です。
幹が空洞でも、巨木としての存在感は失われない
矢立の杉を特徴づけるのが、幹の内部が上部まで空洞になっている点です。山梨県の記録によると、空洞の直径は目通りで約2.3m。観光情報では、幹が地上約21.5m付近で折損していることも紹介されています。
大きな空洞や折損は、この木が歩んできた長い時間を感じさせる一方、樹木の保全を考えるうえでも重要な特徴です。現地では木の内部に入ったり、幹や根に触れたりせず、整備された見学場所から観察するのが基本です。

【名前の由来を解説】戦国武士の戦勝祈願と『甲斐国志』に残る記録
「矢立」という名称は、戦国時代に合戦へ向かう武士たちが、この杉に矢を射立てて戦勝を祈願したことに由来すると伝えられています。
当時、戦場へ赴く武士にとって、勝利や無事を願う祈りは切実なものでした。笹子峠を越えて戦地へ向かう道の途中にある巨木が、祈願の対象として語り継がれてきたのです。ただし、矢を射たという具体的な行為は伝承として伝わるもので、個々の出来事を裏付ける同時代の記録が確認されているわけではありません。
江戸時代の歴史書『甲斐国志』にも登場
矢立の杉は、地域の言い伝えだけにとどまらず、甲斐国の地理や歴史を記録した『甲斐国志』にも記載されています。山梨県の文化財データベースには、杉について次の記述が掲載されています。
「巨木所在ニ多キ中ニ林戸神社ニ一基称橋立杉、篠子嶺ニ一基称箭立杉各々七囲許ニ餘レリ」
ここでは、林戸神社の「橋立杉」と笹子嶺の「箭立杉」が、いずれも大きな杉として記されています。「箭立杉」は、現在の矢立の杉につながる名称です。
また、『甲斐叢記』にも矢立の杉に関する記録が残っています。山梨県立図書館の山梨デジタルアーカイブでは、同書の記述を紹介し、武士が杉に矢を射立てて富士浅間明神に祈願したという伝承を伝えています。
甲州街道・笹子峠越えと巨木の関係
矢立の杉が立つ笹子峠は、甲州街道の歴史を語るうえで重要な場所です。現在の道路網が整う以前、峠越えは甲斐と関東を結ぶ移動の難所の一つでした。
峠道を歩く旅人にとって、道中にある大きな木は、単なる自然物ではなく、道の目印であり、休息の場所でもありました。山梨県公式の「やまなし歴史の道ツーリズム」では、矢立の杉周辺を、峠を越える人々の願いと憩いの場として紹介しています。
現在も、杉の近くには明治13年(1880年)の明治天皇巡幸に関係する「明治天皇御野立所跡」の石碑があります。矢立の杉を訪れることは、一本の巨木を見るだけでなく、笹子峠を越えてきた人々の歴史をたどることでもあるのです。
【浮世絵との関係】葛飾北斎と二代目歌川広重が伝えた甲州の風景
矢立の杉は、文学的な記録だけでなく、江戸時代の浮世絵にも関係しています。とりわけ、二代目歌川広重の作品に残されていることは、この杉が当時から広く知られた名所だったことを示す重要な手がかりです。
二代目歌川広重の「甲州矢立の杉」
山梨県立図書館の山梨デジタルアーカイブには、二代目歌川広重が描いた錦絵「諸国名所百景 甲州矢立の杉」が収録されています。
同作は、甲州道中の笹子峠を行く旅人の姿を描いた作品として解説されています。「諸国名所百景」は安政6年(1859年)から元治元年(1864年)にかけて刊行されたシリーズです。杉の巨木と峠道を行く旅人を組み合わせることで、当時の街道風景や旅の空気を伝えています。
この作品の価値は、巨木の形を描き残したことだけではありません。矢立の杉が、地域の伝承や歴史書の中だけでなく、旅人が思い浮かべる名所として、視覚文化の中にも位置づけられていたことが分かります。
葛飾北斎の「甲州三島越」とのつながりは?
葛飾北斎の「冨嶽三十六景 甲州三島越」も、矢立の杉との関係で語られる作品です。山梨県立図書館の解説では、二代目広重の「甲州矢立の杉」と北斎の作品は構図がよく似ているとされています。
ただし、北斎の「甲州三島越」に描かれた大木が、笹子峠の矢立の杉そのものだと確定しているわけではありません。作品の構図や大木の描き方をめぐり、矢立の杉を参考にした可能性が指摘されている、という整理が適切です。
一方、二代目広重の作品は、題名自体に「甲州矢立の杉」と記されています。両者を比較する際は、矢立の杉を直接題材にした作品と、構図上の関連が指摘される作品を区別すると、歴史的な関係が理解しやすくなります。

【現在の見どころ】ウッドデッキ・杉良太郎の歌碑・身代わり両面地蔵菩薩
2026年に矢立の杉を訪れるなら、巨木そのものに加えて、周囲に整備された見学スペースや関連する文化的な見どころにも注目したいところです。山梨県公式観光情報では、杉の全景に加え、ウッドデッキ、歌碑、身代わり両面地蔵菩薩、ゼンマイ式音声ガイドが紹介されています。
1. 巨木を間近に感じられるウッドデッキ
矢立の杉の周辺には、杉を眺めながら過ごせるウッドデッキやベンチがあります。山梨県公式観光情報によると、ウッドデッキは2021年10月に改修されました。改修時の観光案内では、面積約80平方メートルと紹介されています。
根廻り14.8mという数値だけでは実感しにくい巨木の規模も、現地で幹を見上げると伝わってきます。特に、地上から高い位置で折損した幹と、その内部に広がる空洞は、樹齢1000年ともいわれる杉の特徴をよく示しています。
2. 杉良太郎の楽曲「矢立の杉」と歌碑
矢立の杉を現代に伝える存在として知られるのが、俳優・歌手の杉良太郎さんです。杉さんは、この巨木を題材にした楽曲「矢立の杉」を手掛け、2008年5月21日にシングルCDを発売しました。
大月市では、杉の魅力を広く伝えるため、2008年に周辺へ歌碑を設置しました。自然の名所と歌謡曲が結びついたことで、矢立の杉は歴史好きや自然愛好家だけでなく、杉良太郎さんの音楽を知る人にとっても訪問の目的となっています。
3. 杉良太郎・伍代夏子夫妻にゆかりのある身代わり両面地蔵菩薩
杉の近くには、杉良太郎さんが寄贈した「身代わり両面地蔵菩薩」が安置されています。大月市観光協会の案内によると、地蔵の両面には杉さんと、妻で歌手の伍代夏子さんをモデルにした顔が施されています。
この地蔵は、杉さんが関わった舞台作品とも縁があります。杉良太郎さんの公式サイトでは、舞台「闇の身代わり地蔵」の脚本を制作する過程で矢立の杉を知り、その物語に取り入れた経緯が紹介されています。楽曲、歌碑、地蔵菩薩が一つの場所に集まっている点は、矢立の杉ならではの見どころです。
4. ゼンマイ式音声ガイドで歴史を知る
現地には、手で回して作動させるゼンマイ式音声ガイドもあります。山梨県公式観光情報では、矢立の杉の解説に加え、杉良太郎さんの楽曲を聴ける設備として紹介されています。
訪問前に由来や歴史を調べておくと、現地で巨木を眺める時間がより充実します。周囲の景色だけでなく、歌碑や地蔵、音声ガイドまで順に見て回ることで、自然・歴史・芸能が結びついたこの場所の特徴が見えてきます。
【アクセス・行き方】車とJR笹子駅からの徒歩ルート、訪問前の注意点
矢立の杉は、山梨県大月市笹子町黒野田にあります。市街地の観光施設とは異なり、笹子峠の旧道や山道に近い場所にあるため、交通手段と歩行時間を考えて訪問計画を立てることが大切です。
車で行く場合
山梨県のハイキング情報では、中央自動車道の大月ICから矢立の杉付近まで車で約20分と案内されています。周辺には駐車スペースがありますが、同案内の駐車台数は約3台と限られています。
駐車スペースが小さいため、混雑時には停められない可能性があります。また、笹子峠の旧道は山間部を通る道路です。出発前に道路の通行規制や天候、路面状況を確認し、現地では案内に従って安全に駐車してください。
公共交通機関を利用する場合
最寄り駅はJR中央本線の笹子駅です。山梨県のハイキング情報では、笹子駅から矢立の杉まで徒歩約90分と案内されています。駅から気軽に立ち寄れる市街地の観光スポットとは異なり、徒歩の場合は歩行時間と体力を考慮する必要があります。
過去の観光案内には、笹子駅からバスで新田方面へ向かい、終点から甲州街道を約20分歩くルートも掲載されています。ただし、これは過去の案内に基づく情報です。2026年の訪問では、バスの運行状況や停留所、運行日を事前に確認し、利用できる交通手段を確定してから出発するのが安心です。
2026年に訪れる前に確認したいこと
山梨県公式観光情報の矢立の杉の掲載内容は、2025年12月16日現在の情報です。2026年10月に訪問する場合も、住所や文化財指定などの基本情報を参考にしつつ、道路・交通機関・現地設備については最新の案内を確認してください。
- 所在地:山梨県大月市笹子町黒野田字笹子1924-1
- 最寄り駅:JR中央本線・笹子駅
- 車の目安:中央自動車道・大月ICから約20分
- 徒歩の目安:笹子駅から約90分(ハイキング情報による)
- 駐車スペース:約3台と案内されているため、満車時を想定しておく
- 問い合わせ先:大月市産業観光課、電話0554-20-1829
自然の中でゆっくり過ごしたい人や、甲州街道の歴史をたどりたい人には魅力的な場所です。一方、駅から短時間で行ける観光地を探している人や、長時間の徒歩が難しい人は、車での訪問を検討するか、無理のない計画に調整するとよいでしょう。

【プロの結論】矢立の杉を訪れる価値と、歴史を読み解く3つの視点
矢立の杉の魅力は、樹齢1000年という数字だけでは語り切れません。大木の姿、戦勝祈願にまつわる伝承、古文書の記録、浮世絵、そして現代の歌碑や地蔵菩薩まで、複数の時代の記憶が一つの場所に重なっています。
視点1:伝承と史実を分けて理解する
「武士が矢を射立てた」という由来は、矢立の杉を知るうえで欠かせない伝承です。一方、『甲斐国志』に杉の存在が記録されていることや、二代目歌川広重が「甲州矢立の杉」として描いたことは、文献や作品から確認できる歴史的な手がかりです。伝承と記録の両方を知ることで、木の歴史をより立体的に理解できます。
視点2:大きさの数値だけでなく、現地の姿を見る
樹高は公的資料によって26.2mと約28mの違いがありますが、根廻り14.8m、目通り幹囲9.0mという規模は共通しています。数字を比較するときは、どの資料がどの数値を採用しているかを把握し、現地では幹の空洞や折損した部分も含めて観察すると、巨木の姿をより正確に捉えられます。
視点3:街道の歴史と現代の文化を一緒に楽しむ
甲州街道を行き交った旅人、浮世絵に描かれた名所、杉良太郎さんの楽曲、身代わり両面地蔵菩薩。矢立の杉には、自然遺産としての価値に加え、地域の歴史と現代文化をつなぐ要素があります。巨木だけを見て帰るのではなく、周辺の史跡や歌碑まで歩いてみることで、この場所が長く大切にされてきた理由を感じ取れるはずです。
矢立の杉に関するよくある質問(FAQ)
Q1:矢立の杉の樹齢は本当に1000年ですか?
A1:樹齢1000年ともいわれていますが、正確な樹齢が確定した数値ではありません。山梨県の観光情報や大月市観光協会などで、長寿の巨木として紹介されています。
Q2:矢立の杉の樹高と根廻りはどれくらいですか?
A2:根廻りは14.8m、目通り幹囲は9.0mです。樹高は山梨県の文化財データベースで26.2m、山梨県公式観光情報では約28mとされています。
Q3:矢立の杉という名前の由来は何ですか?
A3:戦国時代、合戦に向かう武士が杉に矢を射立てて戦勝を祈願したという伝承に由来します。『甲斐国志』などの古書にも記録が残っています。
Q4:矢立の杉は山梨県の天然記念物ですか?
A4:はい。正式には「笹子峠の矢立のスギ」として、1960年(昭和35年)11月7日に山梨県指定天然記念物となっています。
Q5:葛飾北斎と二代目歌川広重は、どちらも矢立の杉を描いたのですか?
A5:二代目歌川広重には「諸国名所百景 甲州矢立の杉」という作品があります。葛飾北斎の「冨嶽三十六景 甲州三島越」は構図の類似から関連が指摘されていますが、描かれた大木が矢立の杉そのものだと確定しているわけではありません。
Q6:矢立の杉には車と電車のどちらで行くのがおすすめですか?
A6:車の場合は中央自動車道・大月ICから約20分が目安です。公共交通機関の場合はJR笹子駅が最寄りですが、徒歩では約90分かかると案内されています。駐車台数やバスの運行状況、道路規制を確認して選ぶのがおすすめです。
Q7:杉良太郎さんの歌碑や身代わり両面地蔵菩薩も見られますか?
A7:はい。矢立の杉の周辺には、杉良太郎さんの楽曲「矢立の杉」の歌碑や、杉さんが寄贈した身代わり両面地蔵菩薩、ゼンマイ式音声ガイドがあります。訪問時は現地の案内に従って見学してください。
まとめ:矢立の杉は歴史・自然・文化が重なる笹子峠の名所
矢立の杉は、山梨県大月市の笹子峠に立つ、県指定天然記念物の巨木です。樹齢1000年ともいわれ、根廻り14.8m、目通り幹囲9.0mという規模を持ち、戦国武士の戦勝祈願にまつわる伝承や『甲斐国志』の記録を今に伝えています。
二代目歌川広重の浮世絵に描かれた歴史的な名所であると同時に、杉良太郎さんの楽曲や歌碑、身代わり両面地蔵菩薩を通じて、現代にもその物語が受け継がれています。現地にはウッドデッキやベンチも整備されており、巨木の姿をじっくり眺められます。
2026年に訪れるなら、県の文化財情報で歴史を確認し、アクセスや道路状況を事前に調べておくことが大切です。一本の杉を通して、甲州街道を越えた人々の祈り、江戸時代の旅情、そして現在まで続く地域文化に触れる。矢立の杉は、そんな時間の重なりを体感できる場所です。 (出典: 矢立 の 杉(Yahoo!ニュース))