鳥地獄・虫地獄とは?有馬温泉に残る石碑の由来・現在・アクセスを2026年最新解説
兵庫県神戸市北区にある有馬温泉には、「鳥地獄」「虫地獄」と呼ばれる、少し不気味な名前の場所が残されています。かつて鳥や虫が命を落としたと伝えられるこの一帯は、温泉の恵みだけでなく、地中から湧き出す炭酸ガスの危険性も物語る歴史的なスポットです。
2026年10月現在、有馬温泉観光協会の案内では、鳥地獄・虫地獄は石の標識が残る場所として紹介されています。では、なぜ生き物が死んだと伝えられているのでしょうか。炭酸地獄という別名の由来、二酸化炭素が人体や生き物に及ぼす影響、明治時代に「毒水」から観光資源へと評価が変わった経緯、現在の石碑の場所とアクセスまで、現地の実態に沿って解説します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:鳥地獄・虫地獄は、兵庫県神戸市北区の有馬温泉に残る歴史的な場所で、現在は石の標識が目印です。
- 要点2:名前の由来は、かつて地中から噴き出した炭酸ガスによって、近づいた鳥や虫が命を落としたという伝承です。
- 要点3:炭酸ガスは高濃度になると中毒や窒息を引き起こす一方、有馬の炭酸泉は飲用や炭酸せんべいなどの文化にもつながっています。
【鳥地獄・虫地獄とは】有馬温泉に残る石碑と現在の姿
鳥地獄・虫地獄は、有馬温泉の山手にある「地獄谷」と呼ばれる一帯に由来する場所です。愛宕山のふもとでは、かつて複数の穴から温泉水や炭酸ガスが湧き出していたとされ、そこに近づいた鳥や虫が死んだことから、地域の人々が鳥地獄、虫地獄、炭酸地獄と呼ぶようになったと伝えられています。
有馬温泉観光協会の公式案内によると、現在は石の標識が残っています。歴史街道の観光案内でも、鳥地獄・虫地獄について、かつて炭酸ガスが噴出していたものの、現在は枯れて名前が残る場所として紹介されています。
つまり、鳥地獄・虫地獄は、現在も鳥や虫が次々と死ぬような場所として紹介されているわけではありません。かつての自然現象と地域の記憶を、石碑や標識を通してたどるスポットです。
現地を訪れても、巨大な噴気口や派手な観光施設があるわけではありません。むしろ、道路沿いにひっそりと残る石の標識だからこそ、温泉街の華やかな景観とは異なる、有馬の地形と歴史を感じられます。

【名前の由来】なぜ鳥や虫が命を落としたのか
鳥地獄・虫地獄という名称の背景にあるのは、地中から噴き出した炭酸ガスです。温泉地では、地下水が地中の熱や岩石、地下に存在するガスなどの影響を受け、地表へ湧き出すことがあります。有馬温泉の地獄谷周辺でも、かつて炭酸ガスが発生していたと、地域の観光資料や歴史紹介で説明されています。
鳥や虫が命を落とした理由として考えられるのが、高濃度の二酸化炭素にさらされることによる中毒や、酸素不足による窒息です。二酸化炭素は通常の空気にも含まれる気体ですが、濃度が高くなると生物の呼吸や体内の二酸化炭素濃度の調節に深刻な影響を及ぼします。
特に重要なのは、二酸化炭素が空気より重いという性質です。国際労働機関(ILO)などが提供する国際化学物質安全性カードでも、二酸化炭素の相対密度は空気を1とした場合に約1.5とされています。風通しの悪いくぼ地や地下空間では、ガスが低い位置にたまり、危険な濃度になることがあります。
地面近くを移動する虫や、低い位置でガスにさらされた鳥などは、こうした環境の影響を受けた可能性があります。ただし、当時のガス濃度や個々の生物の死亡状況を数値で示す資料は、現在の観光案内では確認できません。鳥地獄・虫地獄という名称は、炭酸ガスが発生していた場所に残された地域の伝承として理解するのが適切です。
なお、「炭酸ガスが発生していた場所」と「炭酸水が湧く泉源」は、関連する地質的な現象として紹介されていますが、同じ地点・同じ状態のものと考えるのは正確ではありません。ガスが空気中に放出されることと、二酸化炭素が水に溶け込んでいることは、区別して考える必要があります。
【炭酸ガスの危険性】炭酸地獄と有馬温泉の炭酸泉は何が違う?
鳥地獄・虫地獄を理解するうえで欠かせないのが、「炭酸ガス」と「炭酸泉」の違いです。どちらも二酸化炭素に関係しますが、空気中に存在するガスと、水に溶け込んだ二酸化炭素とでは、周囲への影響や利用方法が異なります。
二酸化炭素は無色で、臭いによって危険を察知できない場合があります。消防庁が公表している二酸化炭素の危険性に関する資料では、高濃度の二酸化炭素による中毒や、酸素欠乏を伴う生命の危険について注意を促しています。濃度が高い環境では、頭痛、めまい、呼吸困難、意識障害などが生じ、重症化すれば命に関わります。
一方、炭酸泉は二酸化炭素が水に溶け込んだものです。神戸市の公式観光案内によると、有馬温泉の炭酸泉源は、二酸化炭素や鉄を含む単純冷鉱泉に分類され、泉温は18.3℃、深さは13メートルとされています。これは、地中からガスが噴き出す鳥地獄・虫地獄とは、現地での状態も利用方法も異なります。
有馬の炭酸泉源は、かつて成分がよく知られていなかったため、地域で「毒水」として恐れられていたと伝えられています。しかし、泉質が調査され、飲用に利用できることが知られると、評価は大きく変わりました。現在の炭酸泉源公園では、指定された飲泉設備を通じて炭酸泉に触れることができます。飲む場合は、現地の飲用に関する掲示内容を確認することが前提です。
ここで押さえたいのは、二酸化炭素そのものが、どのような環境でも同じ危険性を持つわけではないという点です。通常の飲用条件で管理された炭酸泉と、換気の悪い場所に高濃度で滞留したガスを同一視することはできません。鳥地獄・虫地獄の歴史は、自然の恵みと危険性が、環境や濃度によって大きく変わることを示しています。

【歴史と経緯】「毒水」から炭酸泉、そして名物へ
有馬温泉といえば、鉄分を含む褐色の金泉や、無色透明の銀泉が知られています。しかし、炭酸泉もまた、有馬の歴史と産業に深く関わってきました。かつては危険な水として敬遠されていたものが、成分の調査によって価値を見いだされ、飲料や食品へと用途を広げていったのです。
神戸新聞NEXTが2019年に掲載した有馬温泉の炭酸文化に関する特集では、明治時代に炭酸泉の性質が調べられ、飲料として利用されるようになった経緯が紹介されています。同記事では、1901年に有馬鉱泉が設立され、炭酸水の販売が始まったこと、1908年には甘味料や香料を加えた有馬サイダーが生まれたことも、地域の歴史資料をもとに伝えています。
この変化を時系列で整理すると、鳥地獄・虫地獄という名称が、単なる恐ろしい伝承ではなく、有馬温泉の科学的な理解と地域産業の発展につながる歴史を持っていることが分かります。
| 時期 | 出来事・経緯 | 現在とのつながり |
|---|---|---|
| 明治時代以前 | 炭酸ガスが発生する場所で鳥や虫が死んだと伝えられ、周辺では炭酸泉が「毒水」として恐れられていた。 | 鳥地獄・虫地獄・炭酸地獄という名称の由来として伝わる。 |
| 1875年(明治8年) | 有馬の炭酸泉について、飲用に関する成分調査が行われ、その有用性が知られるようになった。 | 炭酸泉が危険な水という認識から、利用できる資源へと評価を変える契機となった。 |
| 1901年(明治34年) | 有馬鉱泉が設立され、炭酸を含むミネラルウォーターの販売が始まったと、神戸新聞NEXTの特集で紹介されている。 | 有馬の炭酸水が商品として流通する歴史につながる。 |
| 1908年(明治41年) | 炭酸水に甘味料や香料を加えた有馬サイダーが生まれたとされる。 | 現在の有馬温泉を代表する炭酸飲料文化の歴史的背景となっている。 |
| 現在・2026年 | 鳥地獄・虫地獄は、石の標識が残る場所として観光案内に掲載されている。 | 炭酸ガスの歴史を伝える散策スポットとして訪ねることができる。 |
炭酸泉の利用が広がると、炭酸水は飲み物だけでなく食品にも活用されました。神戸市の公式観光案内では、有馬名物の炭酸せんべいについて、炭酸水を使って作られていたことが名前の由来につながったと説明しています。
つまり、有馬の炭酸文化には、地中から発生するガスへの警戒、泉質の調査、飲料としての利用、地域の名物への発展という流れがあります。鳥地獄・虫地獄の石碑は、その歴史のうち、炭酸ガスがまだ十分に理解されていなかった時代の記憶を今に伝えているのです。
【場所・アクセス】鳥地獄・虫地獄の石碑はどこにある?
鳥地獄・虫地獄の所在地は、兵庫県神戸市北区有馬町です。有馬温泉観光協会の公式案内によると、瑞宝寺公園から鼓ヶ滝へ向かう道路の左側にあり、見過ごしやすい石の標識が目印になっています。
現地を訪ねる場合は、まず神戸電鉄の有馬温泉駅を目指し、温泉街から瑞宝寺公園方面へ進みます。その後、鼓ヶ滝方面へ向かう道路をたどると、鳥地獄・虫地獄の標識を探せます。愛宕山の登り口付近という位置関係も、歴史街道の観光案内で紹介されています。
ただし、温泉街の中心部にある金の湯や湯本坂のように、店舗や観光施設が連続している場所ではありません。道路沿いに小さな標識が残るスポットのため、通り過ぎてしまわないよう、事前に有馬温泉観光協会の地獄谷案内や散策地図で位置を確認しておくと安心です。
公共交通機関を利用する場合は、有馬温泉駅を起点に徒歩で向かう方法が基本です。車で訪れる場合は、温泉街の駐車場を利用し、現地周辺の道路で通行の妨げにならないよう注意してください。現地の具体的な所要時間や駐車条件は、出発地点や利用施設によって変わるため、当日の地図と交通案内を確認するのが確実です。
なお、炭酸泉源公園と鳥地獄・虫地獄は、名前に共通点があるものの、同じ見学地点ではありません。炭酸泉源公園では炭酸泉や飲泉設備を見られますが、鳥地獄・虫地獄では、かつてのガス噴出地点にまつわる石標や歴史に目を向けることになります。両方を訪ねると、有馬温泉の炭酸にまつわる歴史をより立体的に理解できます。

【2026年最新】現地を訪ねる際の見どころと注意点
2026年10月時点で確認できる公開案内では、鳥地獄・虫地獄は、石の標識が残る歴史的な場所として紹介されています。有馬温泉観光協会の案内は2022年3月16日付で、現在も地獄谷の見どころとして掲載されています。また、神戸市の有馬温泉公式案内は2026年2月27日更新で、炭酸泉源の泉質や温度などを紹介しています。
現地で注目したいのは、石碑そのものの大きさや華やかさよりも、温泉の地質と人々の暮らしが結びついた歴史です。今では飲料や菓子のイメージが強い炭酸ですが、かつては正体が分からず、近づくことを恐れられていた時代がありました。同じ土地の自然現象が、知識や利用方法の変化によって異なる意味を持つようになった点が、この場所の見どころです。
一方で、石碑が残っているからといって、現在も炭酸ガスが噴き出していると考えるのは誤りです。公開されている観光案内では、地獄谷はガスの噴出が止まり、石標が残る場所として説明されています。かつての危険性と現在の現地状況は分けて捉える必要があります。
ただし、二酸化炭素は無色で、臭いだけでは危険を判断できません。仮に別の場所でガスの噴出や異常な現象を見かけた場合でも、穴の中をのぞき込んだり、くぼ地に顔を近づけたりする行動は避けるべきです。炭酸泉源公園の飲泉設備についても、案内表示に従って利用し、地面や岩のすき間から出る水やガスを自己判断で試さないことが大切です。
また、鳥地獄・虫地獄は、石標を見学するだけであれば短時間でも立ち寄れる一方、温泉街の主要施設から少し離れた散策ルートに位置しています。瑞宝寺公園や鼓ヶ滝方面の散策と組み合わせ、歩きやすい靴を用意しておくと、周辺の自然や歴史も楽しめます。
【鳥地獄虫地獄】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:鳥地獄・虫地獄は2026年現在も危険な場所ですか? A1:有馬温泉観光協会などの公開案内では、現在は石の標識が残る場所として紹介されています。かつて炭酸ガスが発生していたとされる歴史的なスポットであり、現在も同じ現象が続いていると案内されているわけではありません。
Q2:鳥や虫が死んだのは、二酸化炭素が毒だからですか? A2:二酸化炭素は通常の空気にも含まれますが、高濃度ではそれ自体による中毒や、酸素不足を伴う窒息の危険があります。鳥地獄・虫地獄では、かつて噴き出した炭酸ガスが生き物に影響したという伝承が、名称の由来として伝わっています。
Q3:鳥地獄・虫地獄と炭酸泉源公園は同じ場所ですか? A3:同じ場所ではありません。鳥地獄・虫地獄は、かつて炭酸ガスが発生していたとされる地点に石標が残る場所です。一方、炭酸泉源公園には二酸化炭素を含む冷泉の泉源と飲泉設備があります。両者は有馬の炭酸にまつわる歴史でつながっていますが、見学できるものは異なります。
【プロの結論】まとめ:鳥地獄・虫地獄は有馬温泉の自然と歴史を伝える場所
鳥地獄・虫地獄は、兵庫県・有馬温泉に残る、炭酸ガスの発生と地域の歴史にまつわるスポットです。かつて鳥や虫が命を落としたという伝承からその名がつき、現在は石の標識が、当時の自然現象と人々の記憶を伝えています。
その歴史をたどると、炭酸ガスへの恐れが、泉質の調査や飲用への利用を経て、有馬サイダーや炭酸せんべいといった地域文化へつながっていったことが分かります。炭酸ガスが高濃度で滞留する環境には危険がある一方、管理された炭酸泉は、有馬温泉の特色を形づくる資源の一つです。
2026年に訪ねるなら、石碑だけを目的にするのではなく、炭酸泉源公園や瑞宝寺公園、鼓ヶ滝方面の散策と組み合わせるのがおすすめです。鳥地獄・虫地獄の価値は、現在も生き物が死ぬ場所であることではなく、自然の危険性がどのように理解され、地域の暮らしや観光文化へと結びついていったかを学べる点にあります。
有馬温泉を訪れる際は、石碑に残る名前の意味を知ったうえで、現地の案内に従って安全に散策してみてください。温泉街の華やかな景色の奥にある、もう一つの有馬の歴史が見えてきます。 (出典: 鳥 地獄 虫 地獄(Yahoo!ニュース))