ずいずいずっころばしの意味と由来は?歌詞の謎・鬼決めの遊び方を徹底解説
「ずいずいずっころばし、ごまみそずい」と口ずさめても、その歌詞が何を意味するのか、説明できる人は意外と少ないのではないでしょうか。子どもの頃に親しんだこのわらべうたには、江戸時代の「お茶壺道中」を風刺したという有名な説があります。一方、歌詞の起源を調べると、江戸時代に成立したと断定できるわけではなく、言葉の解釈にも複数の見方があることがわかります。
2026年現在も親しまれている「ずいずいずっころばし」について、歌詞の意味、トッピンシャンやごまみそずいの解釈、お茶壺道中説の真相、歴史資料からわかる成立時期、そして実際の指遊びや鬼決めの方法まで整理します。昔から伝わる歌だからこそ、広く知られた物語と、史料から確認できる事実を区別して読むことが大切です。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「ずいずいずっころばし」の歌意には定説がなく、お茶壺道中説も確定した由来ではありません。
- 要点2:研究論文では、文献上の初出として明治16年(1883年)の子ども向けの絵入り資料が挙げられています。
- 要点3:歌は指遊びや鬼決めに使われ、2007年には文化庁と日本PTA全国協議会による「日本の歌百選」に選ばれました。
【歌詞の意味】ずいずいずっころばしは何を歌っている?
「ずいずいずっころばし」は、子どもたちが歌いながら順番に指を数える遊び歌として知られています。しかし、歌詞全体を一つの物語として読むと、茶壺、ネズミ、米、両親、井戸、茶碗と、場面が次々に移り変わります。
この脈絡のつかみにくさが、歌詞の意味をめぐる議論の出発点です。南アルプス市立図書館が回答した国立国会図書館のレファレンス協同データベースでも、文章としての飛躍が大きく、さまざまな解釈が生まれていることが紹介されています。
つまり、歌詞の各部分に意味を与えることはできても、それらすべてを一つの歴史的事件に結びつけられるとは限りません。わらべうたは、意味を正確に伝える文章というより、音の響きやリズム、繰り返しを楽しみながら口伝えで受け継がれる歌でもあります。
歌詞の意味を考える際は、まず言葉ごとの解釈を確認し、そのうえで歌全体が本当に一貫した筋書きになっているのかを考える必要があります。

【言葉を徹底解説】ごまみそずい・トッピンシャンの意味
歌詞の中でも特に疑問を持たれやすいのが、「ごまみそずい」と「トッピンシャン」です。これらの言葉については、日常語の意味から説明する説と、昔の言葉が変化したものと考える説があります。
「ずいずいずっころばし」については、音の響きや語呂を楽しむ表現とする見方がある一方、近世語からの転訛を手がかりに解釈する研究もあります。若井勲夫氏の論文「童謡・わらべ歌新釈(下)」(京都産業大学論集・人文科学系列、第41号、2010年)は、歌詞の言葉の変化や類歌を検討し、従来の説明を再考しています。
「ごまみそずい」には、胡麻味噌と「ずい」を組み合わせた表現とみる説があります。「ずい」を里芋の茎である「ずいき」と結びつけ、「胡麻味噌」と合わせた食べ物を想定する解釈も、図書館のレファレンス資料で紹介されています。ただし、これが歌の本来の意味だったと確定しているわけではありません。
「トッピンシャン」は、お茶壺道中が来た際に戸をぴしゃりと閉める様子を表す言葉だと説明されることがあります。しかし、世界緑茶協会の情報サイト「O-CHA NET」に掲載された解説では、東北地方の昔話の結びに使われる「とっぴんぱらりのぷう」などとの関連も考えられています。音が似ていることだけで、両者の直接的な関係が証明されたわけではありません。
このように、聞き慣れない言葉を現代語に置き換えるだけでは、歌詞全体の意味は決まりません。語源を考える場合も、歴史的な用例や類似表現が確認できるかどうかが判断材料になります。
【お茶壺道中説の真相】江戸時代の風刺という説は本当?
「ずいずいずっころばし」の由来として広く知られているのが、江戸幕府の将軍に献上する宇治茶を運んだ「お茶壺道中」を題材にしたという説です。
国土交通省関東地方整備局横浜国道事務所の「東海道への誘い」によると、幕府が宇治茶の上納のために採茶師を派遣したのは慶長18年(1613年)とされ、お茶壺道中が制度化されたのは寛永10年(1633年)です。茶壺は厳重に扱われ、その通行時には大名も駕籠を降りて道を譲り、沿道の村々には街道の清掃や田畑の耕作制限が命じられるほどでした。
こうした歴史的背景を踏まえると、権威ある行列が通過する間、住民が外出を控えていた様子を歌ったという説明には、一定の説得力があります。「茶壺に追われて」は行列の到来、「トッピンシャン」は戸を閉める動作、「抜けたらドンドコショ」は行列が通り過ぎた後の安堵を表す、という読み方です。
ただし、ここで区別すべきなのは、お茶壺道中が実在したことと、この歌がお茶壺道中を題材に作られたことは別の問題だという点です。お茶壺道中の歴史は公的な解説資料で確認できますが、それだけで歌の成立事情まで証明できるわけではありません。
世界緑茶協会の解説も、お茶壺道中説について、歌詞のうち茶壺に関する部分以外は意味がつながりにくいと指摘しています。若井氏の2010年の論文も、従来の通説には確かな根拠が示されていないと論じています。したがって、お茶壺道中説は有力な解釈の一つとして紹介できますが、歴史的に確定した真相として扱うのは適切ではありません。

【起源を資料で検証】いつ生まれた歌なのか?
歌の起源を調べるうえで重要なのが、現在の歌詞がいつ頃から文献に登場するのかという問題です。江戸時代の暮らしを描いているように聞こえるからといって、歌そのものも江戸時代に成立したとは限りません。
若井勲夫氏の研究によると、「ずいずいずっころばし」の文献上の初出は、明治16年(1883年)に刊行された歌川芳藤画の絵入り資料『しん板子供哥づくし』です。その後、明治18年(1885年)の資料にも掲載され、明治26年(1893年)には岡本昆石の『あづま流行 時代子供うた』に、現在広く知られる形とは一部異なる歌詞が記録されています。
ここでいう「初出」は、現存する資料から確認できる最初の記録を意味します。口伝えの歌は、記録される前から地域の子どもたちに歌われていた可能性があります。そのため、1883年に歌が作られたと断定することもできません。
起源に関する主要な論点を整理すると、次のようになります。
なお、埼玉県の旧与野市上落合を発祥地とする説についても、さいたま市立中央図書館の調査記録では、発祥を裏付ける資料は見つからず、文献には関東地方で歌われていたとする記述があることが紹介されています。特定の地域を唯一の発祥地とするには、さらなる史料上の裏付けが必要です。
こうした資料を総合すると、江戸時代の文化と結びつけて理解する余地はあるものの、歌の成立時期や最初に歌われた地域については、断定できるだけの証拠がそろっていないことがわかります。
【遊び方を解説】ずいずいずっころばしの指遊び・鬼決め
歌の意味が完全にはわからなくても、遊び方は比較的シンプルです。東京藝術大学の小泉文夫記念資料室に保存されたわらべうたの記録でも、この歌は指遊びとして紹介されています。
代表的な遊び方は、参加者が輪になり、握りこぶしを作って指の間に小さな穴を用意し、歌に合わせて順番に指を触れていく方法です。歌の最後に当たった人を鬼にするなど、地域や集団によって細かなルールが異なります。
基本的な進め方は次のとおりです。
- 参加者が輪になる:数人で向かい合うように座るか、立って円を作ります。
- 手で穴を作る:参加者は握りこぶしを作り、親指や指の間に小さな隙間を用意します。
- 歌いながら順番に触れる:一人が歌を口ずさみながら、順番に指の間や握りこぶしに触れていきます。
- 最後に当たった人を決める:歌い終わった時に指が当たっていた人を鬼にするなど、最初に決めたルールに従います。
鬼決めとして遊ぶ場合は、最初に「最後に当たった人が鬼」と全員で確認しておくと、結果をめぐる行き違いを防げます。指を触れる順番や、歌のどの部分で判定するかも、始める前に決めておくとスムーズです。
この遊びの面白さは、誰が最後に当たるのかを参加者全員が見守る緊張感にあります。じゃんけんとは違い、歌のリズムに合わせて結果が決まるため、幼い子どもでも参加しやすいのが特徴です。

【日本の歌百選】今も歌い継がれる理由と文化的な価値
「ずいずいずっころばし」は、単なる昔の遊び歌にとどまりません。文化庁と日本PTA全国協議会が選定した「日本の歌百選」にも含まれています。この選定は、親子で長く歌い継いでほしい童謡・唱歌や愛唱歌などを広く残す取り組みとして行われました。
「百選」という名称ですが、実際には候補を絞り切れなかったこともあり、101曲が選ばれています。「ずいずいずっころばし」はその一曲として、世代を超えて親しまれてきたわらべうたの一つに位置づけられています。
歌詞の意味が一つに定まらないことは、この歌の価値を損なうものではありません。むしろ、子どもたちが遊びながら覚え、地域や家庭によって歌い方や言葉が少しずつ変化することは、口承文化の特徴でもあります。
一方で、昔の歌だからといって、現在の歌詞を江戸時代の人々がそのまま歌っていたと考えるのは早計です。明治期の記録に異なる表現が残っていることは、歌が長い時間の中で変化してきた可能性を示しています。
歌の歴史を知ることは、正解を一つに決める作業だけではありません。記録された歌詞と、地域の人々が歌い継いできた経験の両方を知ることで、わらべうたが持つ文化的な広がりを理解できます。
【ずいずいずっころばし】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ずいずいずっころばしの歌詞には、決まった意味がありますか?
A1:歌詞全体の意味について、学術的に確定した定説はありません。お茶壺道中を題材にしたという説や、昔の言葉の転訛を手がかりにする説などがありますが、すべての歌詞を一つの説明で確実に解き明かせる段階には至っていません。
Q2:お茶壺道中説は間違いなのでしょうか?
A2:間違いと断定することもできません。江戸時代に将軍家のための宇治茶を運ぶお茶壺道中が実在したことは、国土交通省の解説資料などから確認できます。ただし、この歌がその行列を題材に作られたという直接的な証拠は示されておらず、複数ある解釈の一つとして理解するのが妥当です。
Q3:ずいずいずっころばしは江戸時代から歌われていたのですか?
A3:江戸時代に成立した可能性はありますが、現存資料から確認できる文献上の初出は、研究論文で紹介されている明治16年(1883年)の絵入り資料です。初出以前に口伝えで歌われていた可能性は残るため、記録の年代と実際の成立年代は区別する必要があります。
まとめ:ずいずいずっころばしの意味を見極めるポイント
「ずいずいずっころばし」は、歌詞の意味がわかりにくいからこそ、長く人々の興味を引いてきたわらべうたです。お茶壺道中説には江戸時代の実際の制度という歴史的背景がありますが、歌の成立を直接裏付ける証拠があるわけではありません。
起源については、若井勲夫氏の研究が示す明治16年(1883年)の文献記録が重要な手がかりになります。ただし、これは確認できる最古の記録であって、歌が生まれた年を確定するものではありません。「ごまみそずい」や「トッピンシャン」の意味にも複数の解釈があり、歌意には定説がないという点を押さえておく必要があります。
一方、指遊びや鬼決めとしてのルールは、歌の歴史的な謎とは別に、今も実際に楽しめる文化です。歌詞を一つの物語として断定するのではなく、歴史資料からわかること、研究者が提示する説、遊びとして受け継がれてきたことを分けて考える。それが、このわらべうたをより深く理解するための確かな手がかりになります。 (出典: ずい ずい ずっ ころばし(Yahoo!ニュース))