背番号21はなぜ左腕エースの象徴?2026年プロ野球12球団の現役選手と歴代の系譜を徹底解説
プロ野球の背番号21には、ほかの番号とは少し違う印象がある。阪神タイガースの大竹耕太郎、読売ジャイアンツの竹丸和幸、埼玉西武ライオンズの武内夏暉、東北楽天ゴールデンイーグルスの早川隆久。球団も時代も異なるのに、左腕投手がこの番号を背負う例が目立つからだ。
2026年シーズンの背番号21を調べると、現役選手の配置だけでなく、巨人の歴代左腕エースが築いた伝統、東尾修や和田毅らの実績、そして永久欠番になっていない背景まで見えてくる。歴代着用選手157名を掲載するプロ野球名鑑データベースの記録も手がかりに、12球団の現状と番号に受け継がれる意味を整理する。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 2026年の現状:背番号21を着用する選手がいるのは12球団中10球団。横浜DeNAとソフトバンクは空き番号となっている。
- 左腕エースの系譜:巨人の高橋一三、宮本和知、高橋尚成らが築いたイメージが、ほかの球団にも広がってきた。
- 永久欠番の真相:背番号21は2026年時点で12球団の永久欠番になっていない。投手の番号という印象は強いが、着用者の全員が左腕というわけではない。
【理由を解説】背番号21はなぜ投手、とくに左腕エースに多いのか
背番号21が左腕投手の象徴として語られる最大の理由は、巨人で長年にわたって受け継がれてきた歴史にある。番号そのものに左投手向けの特別な規則があるわけではない。実績ある投手が着用し、その後の選手や球団が伝統として意識することで、番号のイメージが形成されてきた。
その流れを語るうえで欠かせないのが、高橋一三、宮本和知、高橋尚成の3人だ。
高橋一三は1967年から1975年まで巨人の背番号21を着用した左腕投手。続いて1991年から1997年には宮本和知が同番号を背負い、2007年から2009年には高橋尚成が着用した。世代を隔てながら左腕投手に受け継がれてきたことで、巨人の21番はエース候補を連想させる番号として認識されるようになった。
特に象徴的なのが、高橋尚成の背番号変更だ。スポニチの報道によると、高橋尚成は2006年まで17番を着用していたが、2007年に21番へ変更した。当時の原辰徳監督から「21番が左のエース番号だ」と伝えられたことが、変更の背景として紹介されている。
高橋尚成は変更初年度の2007年に14勝4敗を記録し、最優秀防御率と最高勝率のタイトルを獲得した。背番号21と左腕エースのイメージを結びつける、強い印象を残したシーズンだった。
この系譜は巨人だけにとどまらない。ソフトバンクの和田毅、DeNAで21番を着用した今永昇太、楽天の早川隆久、西武の武内夏暉らも、左腕投手と背番号21の結びつきを印象づけてきた。
ただし、背番号の選択には球団の編成方針や過去の着用者への敬意、選手本人の愛着など、複数の要素が絡む。左腕だから必ず21番を与えられるわけでも、21番を背負えばエースになれるわけでもない。歴史の積み重ねが、番号に特別なイメージを与えているのである。

【2026年最新】プロ野球12球団の背番号21一覧
2026年シーズンの各球団の選手名鑑をもとに、背番号21の着用状況をまとめた。投手が大半を占める一方、日本ハムでは野手が着用している点にも注目したい。
| 球団 | 背番号21の選手 | ポジション・投打 |
|---|---|---|
| 阪神タイガース | 大竹耕太郎 | 投手・左投左打 |
| 横浜DeNAベイスターズ | 空き番号 | 着用者なし |
| 読売ジャイアンツ | 竹丸和幸 | 投手・左投左打 |
| 中日ドラゴンズ | 金丸夢斗 | 投手・左投左打 |
| 広島東洋カープ | 中崎翔太 | 投手・右投右打 |
| 東京ヤクルトスワローズ | 吉村貢司郎 | 投手・右投右打 |
| 福岡ソフトバンクホークス | 空き番号 | 着用者なし |
| 北海道日本ハムファイターズ | 清宮幸太郎 | 内野手 |
| オリックス・バファローズ | 山﨑颯一郎 | 投手・右投右打 |
| 東北楽天ゴールデンイーグルス | 早川隆久 | 投手・左投左打 |
| 埼玉西武ライオンズ | 武内夏暉 | 投手・左投左打 |
| 千葉ロッテマリーンズ | 石川柊太 | 投手・右投右打 |
出典:NPB公式の2026年度選手一覧、各球団の公式選手名鑑、2026年版の背番号一覧。空き番号は同シーズンの選手一覧に基づく。
一覧から分かるのは、背番号21を着用する選手がいる10球団のうち、9球団で投手が着用していることだ。左投手も5人おり、投手、とりわけ左腕の番号という印象には実際の配置による裏付けがある。
一方、広島の中崎翔太、ヤクルトの吉村貢司郎、オリックスの山﨑颯一郎、ロッテの石川柊太は右投手。日本ハムの清宮幸太郎は野手だ。背番号21を左腕専用の番号と捉えるのは正確ではない。
また、横浜DeNAベイスターズでは背番号21が空いている。かつて今永昇太が着用した番号だが、2026年シーズンは新たな着用者がいない。ソフトバンクでも、和田毅が背負った21番は空き番号となっている。
【現役選手に注目】大竹耕太郎と竹丸和幸が背負う21番の現在
阪神・大竹耕太郎は2026年から背番号21
阪神の大竹耕太郎は、背番号21の左腕エースというイメージを現在につなぐ選手の一人だ。熊本県出身で、済々黌高校、早稲田大学を経て2017年の育成選手ドラフト4位でソフトバンクに入団。2023年に阪神へ移籍し、先発投手として存在感を示してきた。
阪神球団は2025年11月21日、翌2026年シーズンに向けた背番号変更を発表し、大竹の新番号を21とした。2025年までの49番から変更されたもので、2026年は新しい番号でシーズンを戦った。
2026年のレギュラーシーズン成績は18試合登板、7勝9敗、防御率2.74、101回2/3を投げて62奪三振。勝敗だけを見ると負け越しだが、防御率は2点台を維持した。背番号のイメージだけでなく、投球内容やシーズンを通した安定性にも目を向けたい。
巨人のドラフト1位・竹丸和幸は新たな系譜を担う
2026年の背番号21を語るうえで、読売ジャイアンツの竹丸和幸も外せない。2025年ドラフト1位で入団した左腕で、巨人が2026年シーズンから21番を託した選手だ。
竹丸の背番号には、巨人が長く受け継いできた左腕投手の伝統が重なる。高橋一三、宮本和知、高橋尚成らが着用した番号を、次の世代のドラフト1位投手が背負う構図である。
NPBの2026年度個人成績では、竹丸は22試合に登板し、11勝9敗、防御率3.27、142奪三振を記録した。プロ1年目から2桁勝利を挙げ、背番号21を背負う投手として結果を残したことは、今後の評価を考えるうえで大きい。
ただし、背番号の歴史と選手の評価は分けて考える必要がある。伝統ある番号を背負うことは期待の表れになり得るが、最終的な評価を決めるのは勝敗、防御率、奪三振、投球回、そしてチームへの貢献だ。
西武・武内夏暉、オリックス・山﨑颯一郎にも注目
西武の武内夏暉も、背番号21の意味を考えるうえで重要な存在だ。2023年ドラフト1位で入団した左腕で、球団から提示された18番と21番のうち、21番を選んだことがスポーツ報知などで報じられた。
21番は西武のレジェンド、東尾修が長年着用した番号でもある。東尾は通算251勝を挙げた右腕であり、西武にとって21番は左腕だけの番号ではない。武内にとっては、球団の歴史と自身の愛着が重なる番号でもあった。大学日本代表で21番を背負っていたことも、選択の背景として報じられている。
オリックスの山﨑颯一郎は、右投手として21番を着用する代表例だ。190センチの長身から投げる右腕で、左腕エースのイメージとは異なる形で同番号の現在を担っている。2026年の12球団を見渡せば、背番号21は左腕の伝統を感じさせながらも、球団ごとに異なる物語を持つ番号だと分かる。

【歴代選手一覧】157名の記録から読み解く背番号21の系譜
プロ野球名鑑データベースには、背番号21を着用した歴代選手が157名掲載されている。これは現在の12球団の着用者数ではなく、過去の在籍記録を含めた歴代選手の一覧だ。番号の歴史をたどると、左腕のエースだけでなく、右投手や異なる役割の選手たちが同じ番号をつないできたことが分かる。
歴代の背番号21を理解するには、巨人の左腕の系譜と、各球団が独自に築いてきた番号の伝統を分けて見るのが有効だ。
巨人では、高橋一三から宮本和知、高橋尚成へと左腕投手が番号を受け継いだ。2007年に高橋尚成が21番へ変更した際のエピソードは、番号のイメージが球団内で明確に意識されていたことを示している。
一方、西武では東尾修が21番を長年着用し、右腕エースの象徴として存在感を残した。後年には十亀剣らが着用し、武内夏暉へとつながっている。番号の価値は、特定の投球腕だけでなく、球団を代表した選手たちの実績によって形作られる。
ソフトバンクの和田毅も、左腕投手と背番号21の結びつきを語る際に欠かせない。早稲田大学出身で、プロ入り後に先発投手として実績を重ねた和田は、長く21番を背負った。DeNAで21番を着用した今永昇太も、左腕投手として注目を集めた選手だ。
楽天の早川隆久、西武の武内夏暉、阪神の大竹耕太郎、巨人の竹丸和幸は、こうした歴史を現代につなぐ存在といえる。ただし、157名という数字だけで21番の価値を評価するのは早計だ。着用人数は番号の使用履歴を示すものであり、名投手の人数やタイトル獲得数を直接表す統計ではない。
歴代選手一覧を調べる際は、選手名だけでなく、着用した球団、着用期間、ポジション、当時の実績を合わせて見ると、番号が受け継がれた理由を理解しやすい。背番号は単なる識別番号であると同時に、球団の記憶をたどる手がかりでもある。
【永久欠番の真相】なぜ背番号21は永久欠番になっていないのか
背番号21は、名投手が着用してきた歴史を持ちながら、2026年時点でNPB12球団の永久欠番にはなっていない。これは、21番に十分な実績を残した選手がいなかったからではない。東尾修の通算251勝や、巨人の歴代左腕たちの実績を見れば、番号にまつわる歴史が浅いわけではないことは明らかだ。
永久欠番は、球団が特定の選手や監督の功績を称え、その番号を原則として後続の選手に使用させない仕組みだ。指定の基準は球団ごとに異なり、通算勝利数やタイトル獲得数だけで自動的に決まるものではない。
巨人には王貞治の1番、長嶋茂雄の3番、川上哲治の16番など、球団の歴史を象徴する永久欠番がある。西武では稲尾和久の24番が永久欠番となっている。一方、21番は巨人でも西武でも別の選手が引き継いできた。
ここに、背番号21が永久欠番になっていない背景を読み解くヒントがある。21番は一人の選手だけに帰属する番号というより、複数の名投手が球団ごとに異なる伝統を積み重ねてきた番号だ。巨人では左腕エースの系譜、西武では東尾修らの実績、ソフトバンクでは和田毅の存在が、それぞれ別の物語を作っている。
もちろん、複数の選手が着用してきたことだけが永久欠番にならない理由だと断定はできない。永久欠番を決めるのは球団であり、21番を永久欠番にしないというNPB共通の決定があるわけでもない。現状として確認できるのは、2026年の12球団で21番が永久欠番に指定されておらず、10球団で現役選手が着用し、2球団では空き番号になっているということだ。
空き番号と永久欠番も区別したい。DeNAとソフトバンクの21番は2026年に着用者がいないが、空いていること自体が永久欠番への指定を意味するわけではない。球団が新たな選手に番号を与えれば、再びユニフォームに21番が現れる可能性がある。

【背番号21】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:背番号21はなぜ左腕投手に多いのですか? A1:巨人で高橋一三、宮本和知、高橋尚成らの左腕投手が着用し、エース番号としてのイメージが定着したためです。番号自体に左投手専用の規則があるわけではありません。
Q2:2026年に背番号21を着用している現役選手は誰ですか? A2:阪神の大竹耕太郎、巨人の竹丸和幸、中日の金丸夢斗、広島の中崎翔太、ヤクルトの吉村貢司郎、日本ハムの清宮幸太郎、オリックスの山﨑颯一郎、楽天の早川隆久、西武の武内夏暉、ロッテの石川柊太です。DeNAとソフトバンクは空き番号です。
Q3:背番号21は永久欠番ですか? A3:2026年時点で、NPB12球団の永久欠番にはなっていません。過去の名投手が着用してきた一方、球団ごとに異なる選手へ受け継がれてきた番号です。
Q4:背番号21の歴代着用選手は何人ですか? A4:プロ野球名鑑データベースには、歴代着用選手157名が掲載されています。現役選手の数ではなく、過去の着用者を含む記録です。
Q5:2026年の阪神と巨人の背番号21は誰ですか? A5:阪神は大竹耕太郎、巨人は竹丸和幸です。大竹は2026年から49番に代わって21番を着用し、竹丸は2025年ドラフト1位で入団した左腕として21番を背負っています。
まとめ:【プロの結論】背番号21の価値は番号そのものより受け継ぐ実績にある
2026年のプロ野球における背番号21は、左腕エースの伝統と、球団ごとに異なる歴史が交差する番号だ。巨人の高橋一三、宮本和知、高橋尚成が築いた系譜は、大竹耕太郎、竹丸和幸ら現役の左腕投手を見る際にも興味深い背景となる。
一方で、西武の東尾修やオリックスの山﨑颯一郎のように、右腕投手も21番の歴史を形作ってきた。日本ハムの清宮幸太郎が着用している事実も、背番号21が投手だけの番号ではないことを示している。
歴代157名という記録は、21番が多くの選手に受け継がれてきたことを伝える。ただし、歴代着用者の多さと、番号の象徴性や選手個人の実績は同じものではない。永久欠番になっていないことも、21番の価値が低いという意味ではない。
背番号21をより深く楽しむなら、着用者の名前だけでなく、球団の歴史、過去のエースとのつながり、投手としての成績、そして番号が変更された経緯まで見ることが大切だ。2026年は大竹耕太郎と竹丸和幸という異なる球団の左腕が、同じ21番を背負っている。今後どの選手が新たな実績を残し、この番号の物語を更新するのか。背番号21の系譜は、まだ続いている。 (出典: 背 番号 21(Yahoo!ニュース))