振分親方は現在誰が襲名?高見盛ら歴代の継承経歴と所属部屋の動向を徹底解説
大相撲の歴史の中で、数々の個性派力士や実力者が受け継いできた年寄名跡「振分」。相撲ファンの間では、気迫あふれる仕切りと愛嬌あるキャラクターで国民的人気を誇った元関脇・高見盛(現・東関親方)が長く名乗っていた名跡として強い印象が残っています。土俵の上で数々のドラマを生み出してきたこの名跡が、現代の大相撲界においてどのような位置づけにあるのか、関心を寄せるファンは少なくありません。
日本相撲協会において親方が後進の指導にあたるために不可欠な年寄名跡は、現役引退や部屋の師匠継承、あるいは名跡の返還や再取得などに伴い、所有者や襲名者が移り変わる性格を持ちます。本稿では、振分親方を現在誰が襲名しているのかという疑問を出発点に、歴代親方の足跡、借株や継承を巡る経緯、さらには所属部屋や日本相撲協会の業務分掌における指導実績まで、客観的な記録と公開データに基づいて詳細に解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 現在の状況:年寄名跡「振分」は元小結・松鳳山(松鳳山裕也)が引退時に襲名・指導にあたったのち日本相撲協会を退職しており、名跡は次の継承へと動く過渡期にある。
- 高見盛との関係:元関脇・高見盛は引退後に振分を襲名して東関部屋で長く後進を指導したが、先代東関親方の死去等に伴い2020年に「東関」を正式継承・名跡変更している。
- 制度と指導体制:年寄名跡の継承には所有株・借株などの複雑な背景が存在し、指導普及部など協会の職務分掌を通じて部屋の垣根を越えた力士育成に寄与している。
大相撲の伝統名跡「振分」とは?江戸期から続く歴史的背景
大相撲の年寄名跡は全部で105家存在し、それぞれが江戸時代から連綿と続く歴史や特定の系統(一門)と深い結びつきを持っています。その中でも「振分」は、代々の襲名者が個性豊かな取り口や土俵態度で土俵を沸かせてきた名跡の一つです。
振分親方の名跡は、主に高砂一門を中心として受け継がれてきた経緯があり、特に旧東関部屋や八角部屋といった系統の力士たちが襲名するケースが多く見られました。相撲界における年寄名跡は、単なる職名ではなく、相撲協会の年寄(親方)として後進の指導育成にあたり、本場所の運営や審判、普及活動を担う資格そのものを意味します。
名跡の歴史を紐解くと、昭和後期から平成にかけては元小結・朝登が長く名跡を保持し、東関部屋の部屋付き親方として横綱・曙や関脇・高見盛らを育て上げました。このように、振分という看板は、土俵の最前線で激しい相撲を取り終えた実力派力士が、指導者として第二の相撲人生を踏み出すための重要な足がかりとして機能してきたのです。

高見盛が名乗った時代:熱狂の土俵から指導者への転身
平成の大相撲ブームを語る上で欠かせない存在が、元関脇・高見盛(本名・加藤精彦、青森県出身)です。気合を入れる独特のルーティンから「ロボコップ」の愛称で親しまれ、土俵に上がるだけで館内が割れんばかりの歓声に包まれた高見盛は、2013年1月場所を最後に現役を引退しました。
引退と同時に襲名したのが「年寄・振分」でした。引退会見や断髪式を経て東関部屋の部屋付き親方となった振分親方は、自らの現役時代の代名詞でもあった愚直な押し相撲や、立ち合いの気迫、基本動作の重要性を若い力士たちに熱心に伝え続けました。土俵上のユーモラスな姿とは対照的に、稽古場では礼儀作法や基礎体力の向上に厳しい視線を注ぐ本格派の親方として定評を集めました。
その後、東関部屋の師匠であった元幕内・潮丸(13代東関)が2019年12月に41歳の若さで急逝するという悲劇に見舞われます。部屋の存続と弟子の指導を巡り議論が重ねられた結果、部屋付きとして後進を指導していた振分親方が2020年1月に「14代東関」を正式に襲名し、師匠へと昇格しました。この名跡変更によって、高見盛が長年親しまれた「振分親方」という呼び名から離れることとなりました。
歴代の振分親方一覧と継承の時系列推移
振分名跡は、昭和から平成、令和に至るまで、錚々たる実力派力士によって受け継がれてきました。名跡の動きを整理すると、相撲界の世代交代や一門内での名跡移動の構図が鮮明に浮かび上がります。
| 代数・時期 | 襲名者(現役名・最高位) | 出身・所属 | 指導実績および継承の主な経緯 |
|---|---|---|---|
| 昭和後期~平成期 | 元小結・朝登 | 高砂部屋 | 年寄・振分として東関部屋の創設期を支え、横綱・曙をはじめとする有望力士を育成。 |
| 平成期(一時的襲名) | 元小結・武哲山 | 武蔵川部屋 | 引退後に借株として一時襲名し、審判業務や部屋付き親方として後進指導に従事。 |
| 2013年~2020年 | 元関脇・高見盛 | 東関部屋 | 引退に伴い襲名。部屋付き親方として指導にあたり、師匠急逝に伴い14代東関を襲名して名跡変更。 |
| 2022年 | 元小結・松鳳山 | 松ヶ根部屋/二所ノ関部屋 | 気迫の押し相撲で活躍したのち引退時に襲名。後進の育成に携わった後、協会を退職。 |
表に見られるように、名跡の継承には代々受け継がれる「株の取得」だけでなく、現役引退直後の指導資格を確保するための「借株(名跡の一時的借用)」という慣行が関わる場合があります。特に現役時代に確かな実績を残した力士が、引退後速やかに相撲協会に残るため、空き名跡となっていた振分が選ばれるケースが近年も見受けられました。

元小結・松鳳山の襲名と退職:直近における振分名跡の動き
高見盛が東関を襲名したのち、振分名跡に再び大きな注目が集まったのは、武闘派力士としてファンを魅了した元小結・松鳳山(本名・松谷裕也、福岡県出身)の引退時でした。激しい突っ張りとおっつけを武器に幕内上位で長きにわたり活躍した松鳳山は、2022年5月場所を最後に土俵を去る決意を固めました。
引退発表と同時に日本相撲協会から公示されたのが、「年寄・振分」の襲名でした。松鳳山は放駒部屋付きの親方として後進の指導にあたり、現役時代さながらの厳しい立ち合いと下半身の粘りを若手に伝授することが期待されていました。相撲ファンからは「あの闘志あふれる松鳳山が振分親方としてどのような力士を育てるのか」と大きな期待が寄せられました。
しかし、松鳳山は同年中に相撲協会を退職することを決断し、新たな人生の道へと進むこととなりました。この退職に伴い、振分名跡は再び日本相撲協会内で次の継承者を待つ形となり、名跡の行方に注目が集まる契機となりました。
日本相撲協会における親方の職務と「指導普及部」の役割
相撲界において「親方」と呼ばれる人々は、各自の部屋で弟子を朝稽古から寝食まで指導するだけでなく、日本相撲協会の公益法人としての業務を多岐にわたり分担しています。親方衆が所属する部署の一つに指導普及部があります。
指導普及部は、全国の相撲クラブや小中学生を対象とした相撲教室、地方巡業における相撲普及イベント、さらには海外に向けた伝統文化としての相撲発信などを担当する重要な組織です。現役を退いて間もない若い親方衆は、この指導普及部や審判部、広報部などに配属され、現場の実務を学びながら協会の運営に参画していきます。
振分親方をはじめとする部屋付き親方は、本場所中には警備や館内整理、チケットもぎりや勝負審判の補佐といった現場業務を地道にこなし、本場所外では普及活動の先頭に立ちます。土俵上の華やかな実績を持つ親方が直接指導にあたる相撲教室は、相撲人口の減少が懸念される現代において、将来の関取候補を発掘・育成するための極めて重要な架け橋となっています。

年寄名跡の取得と「借株」を巡る角界の構造的背景
大相撲の年寄名跡は定数が105と厳格に定められており、現役力士がどれほど優秀な成績を残しても、空いている名跡がなければ親方として協会に残ることはできません。そのため、角界では長年にわたり「年寄名跡の継承・取得」が重要な制度的課題となってきました。
名跡を自ら正式に取得(買い取り)して定年まで保持する親方がいる一方で、引退時にまだ正式な株を保有していない力士が、他の一門や親方が一時的に空けている名跡を借りて協会に残る「借株」制度も実質的に機能してきました。振分名跡もまた、一門間の信頼関係や力士個人の実績に応じて一時的に襲名され、その後の名跡売買や返還によって別の親方へと受け継がれる流動性を持っています。
日本相撲協会は近年、名跡の不透明な売買や外部流出を防ぐため、資格審査や継承手続きの厳格化を進めています。親方として協会に残り続けるためには、確かな現役実績(幕内通算勝ち星や三役在位場所数など)とともに、協会の規約に則った正当な名跡継承手続きを経ることが強く求められています。
【振分親方】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:振分親方は現在誰が務めているのですか?
A1:元関脇・高見盛が東関を襲名し、その後に襲名した元小結・松鳳山が相撲協会を退職したため、振分名跡は継続的な常任親方が固定されている状態ではなく、次の正式な取得者・襲名者による継承の動きが注視される状況にあります。
Q2:高見盛はなぜ振分親方をやめたのですか?
A2:高見盛は振分親方として後進を指導していましたが、所属していた東関部屋の師匠(元幕内・潮丸)が急逝したことを受け、部屋の伝統を継承して師匠となるために「14代東関」を襲名したためです。不祥事等による辞任ではなく、師匠昇格に伴う前向きな名跡変更でした。
Q3:振分親方の名跡は何一門に属しているのですか?
A3:歴史的には高砂一門との縁が非常に深く、東関部屋や八角部屋に所属する親方・力士によって多く受け継がれてきました。ただし、一時的な借株などにより別の一門の力士が襲名した例も存在します。
大相撲の伝統継承を見守るための視点
年寄名跡「振分」の変遷を振り返ると、そこには単なる事務的な手続きにとどまらない、大相撲という伝統社会の絆と師弟関係のドラマが凝縮されています。名大関・名関脇が土俵上で見せた気迫が指導者としての風格へと変わり、部屋の危機には看板を掛け替えて弟子を守るという、相撲人としての責任感が受け継がれてきました。
本場所の土俵を観戦する際、花道や館内で業務にあたる親方衆の胸元や名札に目を向けると、現役時代の熱戦の記憶とともに、伝統を守り伝える指導者としての矜持が伝わってきます。振分という名跡が今後どのような実力派力士によって引き継がれ、未来の横綱・大関を育てる礎となっていくのか、角界の世代交代と伝統継承の歩みに引き続き注目が集まります。 (出典: 振 分 親方(Yahoo!ニュース))