月真院とは?京都・高台寺の歴史と有楽椿、参拝案内・樹木葬費用を徹底解説
京都・東山の高台寺周辺を歩くと、豊かな歴史を伝える寺院や史跡に出会います。その一つが、高台寺の塔頭である「月真院(げっしんいん)」です。1616年(元和2年)に建立された臨済宗建仁寺派の寺院で、本尊の千躰地蔵菩薩、織田有楽斎にゆかりのある「有楽椿」、幕末の御陵衛士屯所跡など、複数の歴史的な見どころを持っています。
一方、月真院は一般の観光寺院とは異なり、京都市公式の観光情報では非公開と案内されています。また、永代供養や樹木葬の墓地としても知られ、観光目的で訪れたい人と、供養や墓地の利用を検討している人では、確認すべき情報が異なります。2026年に向けて知っておきたい創建の由来、久林玄昌・三江紹益・亀井豊前守の関係、アクセス、樹木葬の費用、そして「月光院」との違いまで、月真院の公式情報と京都市の観光情報をもとに整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 創建と宗派:月真院は1616年に建立された高台寺の塔頭で、臨済宗建仁寺派に属する寺院。本尊は千躰地蔵菩薩です。
- 歴史と見どころ:織田有楽斎にちなむ有楽椿や、幕末に伊東甲子太郎率いる御陵衛士が屯所を置いた史跡が知られています。
- 参拝と墓地利用:一般拝観は非公開と案内されているため、訪問前の確認が必要です。樹木葬は公式案内で1人用50万円・70万円、2人用70万円・90万円の使用料が示されています。
【月真院とは】京都・東山にある高台寺塔頭の歴史と創建由来
月真院は、京都市東山区下河原町に位置する臨済宗建仁寺派の寺院です。高台寺に属する塔頭の一つで、山号は鷲峰山、寺号に関する公式の案内では「叢林山(そうりんざん)」とも称しています。読み方は「げっしんいん」です。
京都市公式の京都観光Naviと月真院公式サイトの沿革によると、月真院は元和2年(1616年)に建立されました。創建に関わった人物として挙げられているのが、久林玄昌、三江紹益、そして亀井豊前守です。
公式沿革では、久林玄昌が亀井豊前守の外護を受け、三江紹益を開祖として寺院を建立したと説明されています。「外護」とは、寺院の活動や維持を外部から支援することを指します。つまり、月真院の成立は一人の僧侶だけによるものではなく、開創に関わる人物、宗教的な基盤を担う人物、支援者の関係から理解できます。
月真院の創建に関わった3人
久林玄昌は、月真院の建立者として公式沿革に記される人物です。京都市公式の観光情報では、豊臣秀吉の外戚にあたる久林が、亀井豊前守の保護のもとで1616年に開創したと紹介されています。
三江紹益は、月真院の開祖として伝えられています。寺院の創建を理解するうえでは、建物を建立した人物だけでなく、開祖として宗教的な基盤を担った人物にも注目したいところです。
亀井豊前守は、建立を支えた外護者として記録されています。京都市公式の観光案内ではこの名で紹介されていますが、役職名で記されているため、人物を特定する際には当時の亀井家の系譜や歴史資料との照合が必要です。
なお、月真院の「由来」を寺院の成立という意味で調べる場合は、こうした建立者・開祖・外護者の関係が重要です。一方、「月真院」という寺名そのものの語源については、公式沿革に詳しい説明は掲載されていません。

【年表で整理】月真院の歴史と幕末の御陵衛士屯所跡
月真院の歴史をたどると、江戸時代初期の創建から幕末の動乱まで、京都の政治や文化と接点を持ってきたことが分かります。月真院公式サイトの沿革と境内案内、京都市公式の観光情報をもとに、押さえておきたいポイントをまとめました。
| 時期・項目 | 歴史的な事実 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 1616年(元和2年) | 久林玄昌が亀井豊前守の外護を受け、三江紹益を開祖として建立 | 月真院の創建年。高台寺の塔頭としての歴史が始まる |
| 江戸時代 | 萩や椿の名所として知られ、歌人や文人墨客とのゆかりが伝えられる | 寺院としての歴史に加え、東山の文化的な一面を持つ |
| 幕末・慶応3年(1867年) | 伊東甲子太郎らの御陵衛士が月真院を屯所として使用 | 御陵衛士は「高台寺党」とも呼ばれた |
| 現在 | 門前に「御陵衛士屯所跡」の石碑があり、境内には有楽椿が伝わる | 一般拝観は京都市公式の観光情報で非公開と案内されている |
幕末の御陵衛士と月真院
月真院を語るうえで外せないのが、幕末の御陵衛士との関係です。御陵衛士は、新選組を離れた伊東甲子太郎らが中心となった組織で、孝明天皇の御陵を守る役割を担いました。月真院公式サイトの沿革によると、伊東らは五条通りの善立寺から月真院へ移り、御陵衛士の屯所を構えました。
御陵衛士は、高台寺に拠点を置いたことから「高台寺党」とも呼ばれました。伊東甲子太郎は1867年11月18日、油小路で新選組による襲撃を受けて命を落とし、御陵衛士の組織も崩壊へ向かいます。月真院の門前には、当時の歴史を伝える「御陵衛士屯所跡」の石碑が設置されています。
ただし、現在の月真院に当時の屯所の建物や遺物がそのまま残っているわけではありません。公式沿革も、門前の石碑などを史跡として紹介しています。幕末史を目的に訪れる場合は、現存する建造物と、場所の歴史を伝える石碑を区別して理解すると、史跡の意味がより明確になります。
【見どころ3選】千躰地蔵菩薩・有楽椿・月真院に残る史跡
月真院の見どころは、単に古い寺院であることだけではありません。本尊に関する信仰、茶人にまつわる植物の伝承、幕末の歴史という異なる要素が一つの場所に重なっています。ただし、一般拝観は非公開と案内されているため、以下は公式に紹介されている見どころであり、訪問当日にすべてを見学できるという意味ではありません。
1.本尊の千躰地蔵菩薩
月真院公式サイトの沿革によると、月真院の本尊は千躰地蔵菩薩です。地蔵菩薩は、日本の仏教文化において人々を救済する存在として広く信仰されてきました。「千躰」という名称は多数の地蔵を表すものですが、公式沿革には本尊の具体的な造立年代や個々の像の詳細までは記載されていません。
本尊は寺院の信仰の中心に位置する存在です。月真院を歴史散策の目的地として調べる際にも、幕末の史跡だけでなく、臨済宗建仁寺派の寺院としての宗教的な性格を理解することが大切です。なお、通常の一般拝観が非公開と案内されているため、本尊の拝観を希望する場合は事前に確認してください。
2.織田有楽斎にちなむ「有楽椿」
月真院の境内案内で紹介されている植物の一つが「有楽椿(うらくつばき)」です。織田有楽斎は織田信長の弟で、茶人としても知られる人物です。月真院公式サイトによると、門内左側にある椿は、有楽斎の邸宅に咲いていたものを移植したと伝えられ、その由来から有楽椿と名付けられています。
この椿は、月真院がかつて萩や椿の名所として知られていたという沿革ともつながります。寺院の歴史を建物や石碑だけでなく、植物に伝わる物語から読み解ける点が特徴です。
ただし、「有楽椿」という名称や移植の伝承があることと、現在の木の樹齢や移植時期が確定していることは別です。樹齢などの具体的な数値については、公式案内に明記されていません。
3.門前の句碑と御陵衛士屯所跡
月真院の境内案内では、門前にある句碑も紹介されています。句碑には、花の本芹舎(きんしゃ)とも呼ばれた八木与一右衛門の句が刻まれています。また、幕末の御陵衛士が屯所を置いた史跡としても知られ、門前には「御陵衛士屯所跡」の石碑があります。
有楽椿が文化的な伝承を、御陵衛士屯所跡が幕末の政治的な動乱を伝えるように、月真院の歴史は複数の時代にまたがっています。東山を歩く際には、周辺の高台寺やねねの道とあわせて、地域の歴史がどのように積み重なってきたのかを考える手がかりになります。

【参拝案内・アクセス】月真院は一般公開されている?訪問前の注意点
月真院を訪れる前に確認したいのが、一般拝観の可否です。京都市公式の京都観光Naviでは、月真院は「非公開」と案内されています。一方、月真院公式サイトの「参拝のご案内」には開門時間として8時から17時までと記載されています。
この二つの案内は、必ずしも矛盾するものではありません。開門時間の記載があることだけで、観光客が境内や本堂を自由に見学できるとは限らないためです。墓地の利用者や関係者の訪問と、一般観光客向けの拝観は分けて考える必要があります。
月真院の基本情報
- 寺院名:月真院(げっしんいん)
- 所在地:京都府京都市東山区下河原町528
- 郵便番号:〒605-0825
- 宗派:臨済宗建仁寺派
- 創建:1616年(元和2年)
- 開門時間:公式サイトでは8:00〜17:00
- 一般拝観:京都市公式の観光情報では非公開
- 駐車場:公式サイトでは専用駐車場なし。近隣のコインパーキングを案内
電車・バスでのアクセス
月真院は、京都の東山エリアにあります。京都市公式の京都観光Naviと月真院公式サイトでは、次の交通手段が案内されています。
- 京阪電車:祇園四条駅から徒歩約15分
- 阪急電車:京都河原町駅から徒歩約20分
- 市バス:東山安井停留所から徒歩約10分
所要時間は出発地点や歩く経路によって変わります。高台寺周辺は観光客が多いエリアで、徒歩での移動には坂道や混雑の影響もあります。時間に余裕を持って移動するのがおすすめです。
一般拝観を希望する場合の確認事項
月真院は、通常の観光寺院のように拝観時間や拝観料を前提として訪問計画を立てるのには向いていません。京都市公式の案内には一般拝観が非公開と記されているためです。特別公開などの機会がある場合は、公式サイトのお知らせなどで案内を確認してください。
また、公式サイトに掲載されている8時から17時までという時間は、一般観光客向けの拝観を保証する情報ではありません。拝観料についても、一般拝観の料金として確定した案内は確認できません。訪問当日に境内へ入れるかどうか、本堂や有楽椿を見学できるかどうかは、事前に寺院へ問い合わせておくと安心です。
【樹木葬・永代供養】月真院の費用と契約前に確認したい条件
月真院は歴史的な寺院であると同時に、樹木葬・永代供養の墓地を案内しています。公式サイトでは「月真院慈光苑」として樹木葬を紹介しており、墓地の継承者がいない人や、子どもに墓の管理負担をかけたくない人などに向けた供養の選択肢となっています。
月真院の樹木葬費用
月真院公式サイト「樹木葬とは」に掲載されている墓地使用料は、1人用が50万円または70万円、2人用が70万円または90万円です。区画の広さは20cm×20cmで、2人用は上下に埋葬する方式と案内されています。金額は選択する区画やプランによって異なります。
費用を検討する際は、墓地使用料だけで総額を判断しないことが重要です。公式案内では、納骨の都度、埋葬料として1霊につき3万円が必要とされています。この金額には宗教行事に関する費用は含まれず、納骨式や年忌法要などの儀礼を希望する場合は、別途お布施が必要です。
また、月真院の公式案内では、墓地使用期間は最後に納骨された人が33回忌を迎える年までを原則としています。年間管理費や契約内容についても、個別の条件を確認してから申し込むことが大切です。
永代供養の仕組みと注意点
月真院公式サイトのFAQによると、最後に納骨された人が33回忌を迎えるまで、臨済宗の教義に則った合同供養を年1回行います。合同供養への参加は自由とされています。33回忌を過ぎた後も、土に還った遺骨を寺内の供養塔へ移し、それ以降も供養すると説明されています。
一方、契約にあたっては注意すべき条件もあります。公式案内では、埋葬後の改葬、つまり納骨した遺骨を取り出して別の墓地へ移すことはできないとされています。また、一度埋葬した区画に、後から遺骨を追加することもできません。
そのため、月真院の樹木葬を選ぶ際には、現在の費用だけでなく、将来の改葬の可能性、家族で同じ区画を使う予定、最後の納骨から33回忌までという期間の考え方を確認する必要があります。
樹木葬を検討する人に向いているケース
月真院の樹木葬は、墓地の継承者がいない人や、将来的な墓の管理負担を抑えたい人にとって検討候補になります。公式サイトでは、墓地の使用について、継承者の有無、宗旨・宗派、国籍を問わず、所定の手続きを経て利用できると案内されています。
ただし、宗教儀礼には月真院の臨済宗の教義に則った対応があり、公式FAQでは、納骨時に別の菩提寺の住職やキリスト教による宗教儀礼を行うことはできないと説明されています。ペットの納骨も受け付けていません。こうした条件は契約後の行き違いにつながりやすいため、申し込み前に確認しておきましょう。
樹木葬・永代供養に関する問い合わせ先として、公式サイトには月真会運営事務局の電話番号075-561-2280が掲載されています。費用や空き区画、個別の契約条件は、最新の案内を直接確認するのが確実です。

【混同に注意】月真院と月光院の違いは?名前が似ていても別の存在
「月真院」と「月光院」は、漢字の見た目が似ているため、検索時に混同されることがあります。しかし、両者は同じ寺院の別名ではありません。月真院は京都にある寺院である一方、月光院は江戸幕府の将軍家に関係する歴史上の女性の呼称です。
月真院は京都の寺院
月真院は、京都市東山区下河原町にある高台寺の塔頭です。1616年に建立され、臨済宗建仁寺派に属します。本尊は千躰地蔵菩薩で、有楽椿や御陵衛士屯所跡など、京都の歴史に結びついた見どころがあります。樹木葬・永代供養の墓地も案内しています。
月光院は徳川家継の生母
月光院(げっこういん)は、江戸幕府第6代将軍・徳川家宣の側室で、第7代将軍・徳川家継の生母として知られる人物です。講談社のデジタル版『日本人名大辞典+Plus』などによると、名は輝子、側室としての名は喜世(きよ)、局としては左京の局とも呼ばれました。家宣の死後に月光院と称しています。
生没年は1685年から1752年とされます。月光院は江戸時代中期の大奥や将軍家の歴史に関わる人物であり、京都・東山にある月真院とは所在地も歴史的な役割も異なります。
検索時には、「京都」「高台寺」「有楽椿」「樹木葬」「御陵衛士」といった語句が一緒に出ていれば月真院に関する情報、「徳川家宣」「徳川家継」「大奥」「左京の局」などが出ていれば月光院に関する情報と整理すると、取り違えを防ぎやすくなります。
【月真院】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:月真院は一般の観光客でも拝観できますか?
A1:京都市公式の京都観光Naviでは、月真院は非公開と案内されています。公式サイトには開門時間8時から17時までの記載がありますが、一般拝観が可能であることを保証するものではありません。特別公開などの情報を確認し、訪問前に問い合わせることをおすすめします。
Q2:月真院の樹木葬はいくらかかりますか?
A2:月真院公式サイトに掲載されている墓地使用料は、1人用が50万円または70万円、2人用が70万円または90万円です。これに加え、納骨時には1霊につき3万円の埋葬料が必要です。宗教儀礼に関する費用は別途となるため、申し込み時に総額を確認してください。
Q3:月真院と月光院は同じ場所ですか?
A3:別の存在です。月真院は京都市東山区にある高台寺の塔頭寺院です。一方、月光院は徳川家宣の側室で、徳川家継の生母として知られる歴史上の人物です。名前が似ていますが、寺院と人物という違いがあります。
まとめ:月真院を訪れる前に知っておきたい判断基準
月真院は、1616年に久林玄昌が亀井豊前守の外護を受け、三江紹益を開祖として建立した、高台寺の塔頭です。本尊の千躰地蔵菩薩、織田有楽斎にちなむ有楽椿、伊東甲子太郎ら御陵衛士が屯所を構えた史跡など、江戸時代初期から幕末へと続く歴史を伝えています。
一方で、京都市公式の観光情報では一般拝観は非公開とされています。月真院を訪問先に選ぶ際は、境内を自由に見学できると考えず、特別公開の有無や訪問の可否を事前に確認することが大切です。
樹木葬・永代供養を検討する場合は、使用料だけでなく、納骨料、法要にかかる費用、33回忌までを原則とする使用期間、埋葬後の改葬ができない条件も確認しましょう。費用の安さだけでなく、将来の供養方法や家族の希望に合うかどうかが判断のポイントです。
そして、「月真院」と「月光院」は名前こそ似ていますが、京都の寺院と江戸幕府の歴史上の人物という明確な違いがあります。歴史散策、参拝、墓地の検討のいずれを目的とする場合も、情報を正しく区別することで、月真院の歴史と現在の役割をより深く理解できます。 (出典: 月 真 院(Yahoo!ニュース))